2007年10月31日

長谷川裕一9



「普通、掃除をする時にはゴミを外へ掃き出すものですが、父は外のゴミを内に掃き込んでくるのです。そして店の一番奥に集めたゴミに手を合わせてから始末していました。 なぜ、そんなことをするのかというと、一つには、店内に塵や埃が増えるのはお客様が来て繁盛しているからこそ、という考えがあるのですね。お客様が来なかったらゴミも出ない。つまり、ゴミを掃き出すことは、お客様も繁盛も掃き出してしまうことにつながると。 二つ目は、掃き出そうとすると外へ出すという気持ちがあるから、箒の先が立って埃が舞い上がる。それがそのまま降りてきて、店内の棚や商品の上にうっすらとたまってしまう。逆にゴミを掃き込むと、自分の家に入れるという気持ちで静かにやるから埃も立たない。だから掃き込んだほうが汚れないわけです。 そして三つ目は、ゴミを掃き出しているところにたまたまお客様がいらっしゃったら感じが悪い。 箒の使い方ひとつ取っても、こういう気配りをしていた父の姿を見ていて、「掃き込む」ことは人生そのものだな、ということを自然に教えられました」


日本流-仕事はしあわせの種まきより)
posted by 浅草太郎 at 17:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 長谷川裕一 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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